🌾 はじめに ― 夜にともる、やわらかな記憶
この記事で分かること:
・竹灯籠祭りが生まれた起源と歴史的背景
・なぜ“祈り”と“願い”の象徴になったのか
・アートとして現代に受け継がれる“再生”のかたち
秋の風が少し冷たくなってきたころ、
町の片隅やお寺の境内に、ぽっと小さな灯がともります。
地面に並ぶ無数の竹筒。
その一つひとつの中で、炎がゆらりと息をしている。
それが「竹灯籠祭り(たけとうろうまつり)」です。
この祭りは、近年では観光イベントとして全国に広がりました。
けれどその根っこには、人と自然が寄り添い、祈りを灯してきた文化があります。
竹という素材のぬくもりと、炎のゆらぎが重なる光景は、
まるで人の記憶をやさしく包み込むようです。
🏮 竹灯籠祭りとは ― 暗闇に火をともす、古くからの願い
日本人は昔から「灯り」に特別な意味を感じてきました。
神社やお寺の前に立つ石の燈籠(とうろう)、
仏前にともす灯明(とうみょう)、
そして家の中で火を囲む囲炉裏。
どれも“火”を神聖な存在として扱ってきた名残です。
夜の闇に小さな灯をともす行為には、
「悪いものを遠ざけ、良いものを招く」という祈りが込められていました。
竹は、そのための器として理想的でした。
まっすぐ伸びて、内部が空洞。
炎をやさしく包み、光を透かす。
竹と火――この二つが出会ったことで、
“人の手で灯りを生む”という日本独自の文化が生まれたのです。
🕯️ 竹灯籠祭りの由来 ― いつから始まったのか
現在のような「竹灯籠祭り」が全国に広がったのは、
昭和の終わりから平成の初めごろ。
特に九州地方では、竹林の整備や町おこしを目的に、
地域の人々が手作りで竹の灯籠を並べるようになりました。
たとえば大分県臼杵市の「うすき竹宵」は、1997年に始まった祭り。
古い町並みに無数の竹ぼんぼりを灯して、
かつての城下町を幻想的に照らします。
また熊本市の「みずあかり」も有名です。
約5万本の竹灯籠にろうそくが灯り、川沿いの景色が金色に染まる夜。
訪れる人々の心に、静かな感動を残します。
こうした“竹あかり”の文化は、いまや全国に広がり、
人が人のために灯す光の文化として根づいています。
🪶 竹に込められた思い ― まっすぐに、清らかに
竹は古くから「神聖な植物」として親しまれてきました。
節を重ねながらまっすぐに伸びる姿、
中が空洞でありながら折れにくい強さ。
それが「清らかさ」「誠実さ」「再生」の象徴として、
人々の信仰や暮らしの中に息づいてきました。
門松や七夕、笹舟――竹はいつも、
人の願いと祈りを運ぶ植物としてそばにあります。
竹灯籠の柔らかな光を見つめていると、
昔の人たちの思いや願いが、
時を超えてこちらに語りかけてくるようです。
🕊️ 地域でつながる竹あかり ― 各地の個性と広がり
竹灯籠祭りの魅力は、どの町にも個性があること。
竹の形や並べ方、灯りの配置は地域ごとに違います。
九州では竹を斜めに切って灯す「微笑み型」が多く、
東北や関東では雪の中で灯りを楽しむ「雪灯籠型」も見られます。
灯りの色や演出を変えたり、音楽・舞と組み合わせたり。
その変化は、地域ごとの創意とあたたかさの表れです。
けれどどの地域にも共通しているのは、
「人の手で火をともす」
ということ。
火を灯す瞬間、誰もが少し背筋を伸ばし、
夜の静けさに心を澄ませます。
🌿 鎮魂と祈り ― 竹灯籠が伝えるもの
竹灯籠は、災害の追悼や平和を祈る場でも灯されます。
兵庫の「1.17のつどい」や東北の復興イベントでは、
亡くなった人々を慰める鎮魂の光として、竹あかりが並びます。
小さいころ、テレビでその光景を見たとき、
静かに涙を流したことを今も覚えています。
火をともすという行為は、言葉を超えた祈り。
「消えても、また灯す」――その繰り返しの中に、日本人の静かな強さがあります。
そして竹の光は、今も私たちに“生きる力”をそっと教えてくれます。
🕯️ アートとしての竹あかり ― CHIKAKENの挑戦
近年、竹灯籠は「竹あかりアート」としても注目を集めています。
熊本のアート集団CHIKAKEN(ちかけん)はその代表格。
彼らは、竹を使って“まちを照らす空間”を全国で演出しています。
竹を切り、穴をあけ、光の模様をデザインする――
そのすべての工程に、「自然と共に生きる」思想が込められています。
竹あかりは単なる芸術ではなく、
「竹を使い、山を守る」という環境活動でもあります。
アートと祈り、再生と循環。
竹灯籠は、現代の日本人が自然と共に歩む象徴的な灯りです。
🪶 代表的な竹灯籠祭り ― 光がつなぐ町の物語
大分県竹田市「竹楽(ちくらく)」
約2万本の竹灯籠が並ぶ壮大な祭り。
秋の夜、城下町全体が金色の光に包まれる。
大分県臼杵市「うすき竹宵」
石畳に並ぶ竹ぼんぼりと町家の灯りが調和し、
“時間がゆっくり流れる夜”を生み出す。
熊本市「みずあかり」
川辺に広がる竹灯籠の光が、水面にゆらめく幻想的な夜。
“人の手でともす”という原点が感じられる祭り。
どの町の灯りにも共通しているのは、
「火を囲むと、町がひとつになる」
という感覚。
それこそが、竹灯籠祭りの最大の魅力です。
🌕 おわりに ― 灯りがつなぐ未来へ
ひとつの火が消えても、また次の誰かが灯す。
その繰り返しが、竹灯籠祭りの本質です。
炎は消えるけれど、心の中には残る。
竹は枯れても、また新しい芽を伸ばす。
竹灯籠の光は、
「いまを照らしながら、未来を照らす灯り」です。
それは、日本人の静かな祈りと希望が形になった光。
そしてきっとこれからも、
人の手によって、やさしく灯され続けるでしょう。


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