🎋 百年の煙が染めた美 ― 煤竹が語る、時と祈りの物語

🪶この記事についてー
囲炉裏の煙に長い時間いぶされ、茶褐色に変化した竹――煤竹（すす竹）。
その色艶は人工で再現できず、いまでは“新しくはほぼ生まれない”希少素材。
この記事では、煤竹が生まれる仕組み、消えゆく背景、茶の湯や工芸に受け継がれる意味を、静かな語り口でたどります。

📋 目次

🌾 はじめに ― 時をまとう竹

古い家の梁（はり）に、深い飴色をした一本の竹が眠っています。
囲炉裏の煙がゆっくりと染み込み、百年、二百年。
火ではなく“煙”が描いた色は、暮らしの気配と、人の営みの匂いを閉じ込めたよう。
その竹は、いつしか**煤竹（すす竹）**と呼ばれるようになりました。

煤竹は、古民家の屋根裏や天井下で囲炉裏の煙に長年いぶされて生まれた竹のこと。
茶褐色〜飴色の艶、縄で縛っていた“縄目”だけが薄く残る濃淡など、一本ずつ表情が違います。人工で同じものを作るのは難しく、家の構造や風の通り方で色の出方が変わるのも特徴です。

ポイント
・生成には100〜200年規模の時間がかかる
・囲炉裏の減少で新規の天然煤竹はほぼ生まれない
・“時間が染めた色”は唯一無二の個体差を生む

かつて茅葺き屋根や古民家では、日常の調理や暖房に囲炉裏の火が揺れていました。
しかし住宅様式の変化とともに囲炉裏は姿を消し、天然の煤竹は供給源そのものが失われつつある――。
そのため、太い良質材は一本で高額取引される例もあります。

一部の竹材店では、立派な煤竹が1本100万円前後で取引されたこともあるとか。
それほどまでに、時間が育てた素材は希少です。

茶の湯では、煤竹は茶杓や花籠などに用いられ、“時が宿る素材”として愛されてきました。
利休形の茶杓以降、竹材の表情を生かす美意識が深まり、煤竹の落ち着いた艶と個体差は“侘び”を映す象徴に。
竹を「ただの素材」でなく、「時間の写し」として見る日本人の感性がここにあります。

煤竹は“素材”でありながら、職人の手で次の時間へ引き渡されます。
網代編みの名工・**渡辺竹清（わたなべちくせい）**は、
百年竹を次の百年へ生かすように編み上げることで知られ、「竹に新たな命を与える」仕事と評されます。

🧩 渡辺竹清（わたなべちくせい）
昭和7年生まれ。伝統工芸士。日本工芸会正会員。
昭和53年に日本伝統工芸展初入選、以後、竹工芸の第一人者として活動。
エルサ・ペレッティ女史との協働など、伝統とデザインの融合を続けています。

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煤竹は、建築材、床柱、茶道具、花籠、扇子の骨、楽器など、
多彩な用途で日本人の暮らしとともにありました。

建築では「床柱」や「天井の竿縁」に使われ、
工芸では光を吸い込むような艶を活かして、室内の“静けさ”を演出します。
その表情は、華美ではなく「控えめな深み」で人を惹きつけるのです。

こうした竹の美は、数寄屋建築にも息づいています。
たとえば、桂離宮の書院建築では、
経年を重ねた竹材が床柱や天井に用いられています。
その落ち着いた色艶は、煤竹のように空間に静かな深みを添え、
“侘び”“寂び”の美意識と響き合っています。

1）色の深さと“揺らぎ”
一色ではなく、層を重ねたような複数の茶色が見えてくる。光にかざすと鈍い艶が内側から返る。

2）縄目（なわめ）の痕跡
梁や天井で縛ってあった部分だけが薄く残る。これは“道具の記憶”であり、天然煤竹ならでは。

3）用途の痕
茶道具などに仕立てられたものは、手が触れた部分の磨耗に“使い込まれた艶”が宿る。

💡体験のヒント
骨董市や工芸展では、節〜節の間の表情をゆっくり観察してみて。
各地の伝統工芸館や、京都・高知などの老舗竹材店でも、
実際に煤竹の質感や色味を見られる場所があります。
一本ごとに異なる“時間の地層”が感じられるでしょう。

煤竹は、火で焼かれた“黒”ではなく、煙にくぐらせた“茶の静けさ”。
光を強くはね返さず、やわらかく受け止めるところが魅力です。

煤竹は、人の営みと住まいが、時間という見えない糸で編んだ素材でした。
もう新しくはほとんど生まれないからこそ、一本の竹に暮らしの記憶が宿る。
手に触れ、目で追い、道具として使い継ぐことは、過去と今を静かにつなぎ直す行為なのだと思います。