竹取物語の真実 ― 日本最古の物語に込められた“信仰と権力”

きれいな満月 竹の文化と歴史

夜の竹林は、静かで、どこか息をしているように感じる。
風が通るたびに葉が鳴り、節と節のあいだから月の光が漏れる。
――その光の奥に、かつて語られた「かぐや姫」の面影がある。

『竹取物語』。
誰もが知っている物語だけれど、
その根には“古代の信仰”と“人の願い”が息づいている。
恋の話ではなく、人と神、地上と天上を結ぶ静かな祈りの物語。

遠くで月がわらってらぁ

竹に宿るもの ― 清めと再生の象徴

かぐや姫が竹から生まれる場面。
この一節はあまりにも有名だけれど、なぜ“竹”だったのだろう。

竹は、古代から「神が宿る植物」とされてきた。
まっすぐに伸び、折れてもまた芽を出し、決して腐りにくい。
その性質が、人々の中で“清め”や“再生”の象徴となった。

祭りや神事では、今も竹が神の依代(よりしろ)として使われる。
竹を立てて結界をつくり、神を迎える――それは“天と地をつなぐ道”を表している。

だからこそ、かぐや姫が竹の中に現れるのは自然なことだった。
人の世界でもなく、神の世界でもない、その“間”に生まれる存在。
竹はその“境界”を象徴しているのだと思う。

どこか、この世界とあの世界を隔てる扉のように。
柔らかくて、けれど揺るがない存在として、竹はそこに立っている。

下からすごく高く伸びる竹

月への帰還 ― 再生と浄化の物語

物語の終盤、かぐや姫は月に帰っていく。
なぜ月なのか――それは、古代の人々が月を“再生”の象徴として見ていたからだ。

月は欠け、満ち、また戻る。
そのリズムは、人の命や季節、心の揺らぎと同じ周期を持つ。
姫が月へ帰るというのは、
“死”ではなく、“浄化と再生”の物語として読める。

当時、月は女性的な神聖さの象徴でもあった。
静かで、清らかで、遠い。
地上の汚れや欲から最も離れた世界。

かぐや姫が月に帰る夜、地上の人々はその光を見上げながら、
「届かないもの」への憧れと、「いつか還る」という安らぎを同時に感じたのかもしれない。
――その感覚は、今もどこか、私たちの中に残っている気がする。

満月に雲がかかり、置かれた花がどこかさみし気に映る

権力と拒絶 ― かぐや姫の沈黙が語ること

物語の中で、かぐや姫は多くの求婚者を拒む。
彼らは皆、高貴な身分を持ち、権力を象徴する存在だった。
しかし、姫は誰の言葉にも心を動かされない。

この“拒絶”には、単なる恋愛感情を超えた意味がある。
姫は、人間の「支配」や「欲望」に背を向けた。
人間がどんなに高い地位を持っていても、
“神聖なものには手が届かない”――
それがこの物語の核心にある。

そして、最も象徴的なのは“帝(みかど)”の存在だ。
日本の頂点に立つ権力者でさえ、姫を得ることはできなかった。
それは、**「人の力では及ばない世界がある」**という静かな宣告でもある。

この物語が書かれた平安時代は、
政治と信仰がまだ深く結びついていた時代。
“月へ帰る姫”という構図は、
地上の権力から自由になりたいという、
人々の“憧れ”の裏返しだったのかもしれない。

まるで祈りを具現化したような竹あかりの集まり

光る竹 ― 神の通り道としての象徴

冒頭に登場する「光る竹」。
竹取の翁がその光を見つける瞬間は、まるで神話のようだ。

古代では“光”は神の現れを意味していた。
神が降りるとき、光がともに現れる。
つまり、竹の中に光があるという描写は、
“神が竹を通って姿を見せた”という暗示なのだ。

竹は、音や風、光を“通す”素材。
その特性が、物語の中で神秘性を際立たせている。
光る竹――それは、神が地上に降りるための通路のような存在だった。

物語に映された“権威と祈り”の背景には、竹と人の歴史的な関わりがある。
時代とともに広がった竹の利用や象徴性は、こちらで。
👉 竹の歴史 ― 人とともに歩んだ植物


竹取物語に息づく人の祈り

竹取物語を読み返すと、
「人はなぜ生まれ、なぜ別れなければならないのか」という問いが
物語の奥底に流れていることに気づく。

かぐや姫の物語は、失われること、離れること、
そして“また出会う”ことの連なりだ。

竹が折れても再び伸びるように、
別れや喪失もまた、何かを生み出す“循環の一部”なのかもしれない。
そう考えると、あの光る竹の中に、
私たち自身の生の姿が重なって見えてくる。


希望の光のようなさし方をしてる木漏れ日

小さな豆知識:竹取の翁は“神職”だった?

一説によれば、「竹取の翁」は
実際には神事を司る役職の象徴だといわれている。
竹を切り、神聖な光を見つける――これは神事そのものの行為。
つまり、翁は“神と人のあいだをつなぐ巫(かんなぎ)”だった可能性がある。

そう思うと、かぐや姫の誕生は、
“神が地上に姿を見せた瞬間”として描かれているのかもしれない。

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結び ― 竹と人との距離の中で

竹取物語は、千年以上も前に書かれた物語なのに、
今の私たちにも不思議なくらい近く感じられる。

誰かを想っても届かないこと、
手を伸ばしても触れられない世界。
それでも見上げてしまう――
そんな“祈りのような憧れ”が、物語全体を包んでいる。

竹は今も変わらず、まっすぐに伸びている。
人と天のあいだを静かに結びながら。

千年前も、今も、
私たちはきっと同じように、
その光を見上げているのかもしれない。

竹取物語全注釈』新潮社/日本文学研究資料集成「竹取物語」/文化庁『日本神話と古代信仰の構造』(2020)

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